「初心者目線」で物事を見れることの重要性

人に物事を教える時には、その人のセンスが如実に表れます。

 

 

ある人は教え方がとても上手く、ある人は何を言っているのか全く分からない。

例え、知識量は全く同じであったとしても、伝え方1つで、結果は全く変わって来てしまいます。

 

 

ではその両者を分ける決定的な違いは何なのかと言えば、私は「初心者目線になることが出来るか」という部分であると思います。

もっと厳密に言えば、相手のレベルを判断し、その人に合った的確な手順を踏み、「理解」というところに導いて上げられるか ということになると思います。

 

教える側の立場にいる人間、つまりその道の上級者の方にありがちなのが、「自分では当たり前と思っていることでも、教わっている側はその部分の理解度が乏しい場合もある」ということで、

自分では普通のスピードで歩いているつもりでも、後ろを見たら生徒がずいぶん後ろを歩いていた ということは珍しくもなく、むしろ良くありがちなことでもあると思います。

 

 

私は過去に働いていた職場で、

コンピューター操作の手順書を作ってくれと言われ、「どれくらい詳しく作ればいいですか?」と聞いたら「誰にでも分かるように」と言われて、試しに作ってみました。

自分では誰にでも分かるように作ったつもりでも、実際は「こんなところまで書くんすか」という部分が何点もあり、自分では当たり前のように認識していたことでも、実は初心者にとってみたら当たり前じゃないことがあるんだな ということを、そこで身をもって体験したのでした。

 

 

この認識の差が大きい人ほど、全くもってナンセンスな教え方をしている場合があります。

 

「もはや教える気がないんじゃないか?」と思うほど、前提の部分をすっ飛ばしたり、専門家の間でしか使わないような言葉を多用したり、説明する順番が滅茶苦茶だったりと、

教わる側の立場に立ったら分かりにくいだろうな、という教え方をする人も、少なくはありません。

 

 

ちなみに、2ちゃんねる創設者のひろゆき氏は、

私の知り合いから聞いた話ですが、その人は何か説明会かその類のトークを生で聞いたのか詳細は忘れましたが、「ひろゆきは、この人馬鹿なんじゃないかと思うくらい、丁寧に教えていた」とのことで、

実際ひろゆき氏は、物事の説明が非常に上手いと感じますし、それは彼が「どうすれば自分の話を理解してもらえるか」という部分を誰よりも心得ているからこそ、相手に合わせて、必要と判断すれば初歩の初歩から入るでしょうし、的確な例え等も用いながら、体系立てて説明が組み立てられるのでしょう。

 

ひろゆき氏と同じくらいの知識量・頭の回転の速さだったとしても、「初心者目線になれる」ことが出来ない場合、

説明の内容はガラリと変わってしまうと思いますし、結局相手には上手く伝わらず、自己満足に終始してしまう場合もあることでしょう。

 

 

「自分にとって当たり前のように思っていることでも、初心者には分かっていない場合がある」

 

相手の立場になれる人ほど、このポイントの理解度は高いでしょうし、また、人に教えた経験にもよって、養われていく部分でもあると思います!

 

 

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